発達障害

発達障害女子の中学・高校時代。友達ができない

こんにちは!アスペママのスモモ@aspe_sumomoです。

わたしは今30代。成人してから自分が発達障害だとわかりました。

まだ自分が「発達障害」だとは知らなかった、思春期まっさかりの中学・高校時代を振り返ってみます。

実は中学校時代の記憶は、あまりの辛さに、なんだかぼんやりしてしまっているのです。

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発達障害女子の中学時代は、「暗黒期」

わたしには、年上のきょうだいも、親しくしている年上の友達もいませんでしたので、中学は未知の世界。

小学5、6年生の頃の担任に、

「中学は、いかに厳しいところか」

をずいぶん言われてきていたので、不安は大きいものでした。

中学1年生、自ら「変わり者」になろうとする発達障害女子

入学してすぐに思ったのは、今までさんざん「デカブツ」扱いされてきたわたしが、そんなに目立たないということでした。

同じような体の大きい女の子は、他に何人もいたのです(それでも、クラスで大きい方なのは変わりませんでした)。

友達関係でずっと苦戦してきたわたしは、いっそ

「個性的な、『変わり者』になったら、楽になれるのでは」

と思いました。本が好きだったので、『物語の主人公』のような人を目指そうと思っていました。

本や物語の主人公はみんな個性的であり、それ故にいろいろな冒険をして、仲間もたくさんいる。

周囲の言葉や叱責に傷ついてばかりだったわたしは、個性的で「変な人」になりきってしまえば、いっそ傷つかなくて済むと思っていました。 

わざと変なことを言ったり、やったりしました。

周囲の子はもちろん、担任の先生も、

「変な子」

としてわたしを扱うようになっていきました。

登下校は、親同士が取り決めて、小学校のクラスメートだった2人の女の子と一緒にしていました。わたしは2人の会話にどうやっても加わることができず、楽しそうに話しながら行く2人の後ろを、無言で歩いていました。

中学2年生 人と会話もできなくなる

クラス替えにより、担任とクラスメートは新しくなりました。

そのクラスでは、誰とも話さず、親しくすることもなく、じっと時間が過ぎるのを待っていました。

わたしのコミュニケーション力は、すでに同い年の子たちとかけ離れていたのです。

数学や体育の成績は、すでにボロボロでした。

でも、積極的なからかいや、いじめなどはあまりなかったので、まだ「過ごしやすかった」のかも知れません。

ほとんどの時間を空想の世界で遊んで過ごしました。

中学3年生になる春休み、親の方針で、小学1年生まで過ごした札幌へ帰ることになりました。

2年生最後の終業式、先生はわたしの転校については触れることはありませんでした。誰とも会話をせず、普通に下校しました。

親しい友達もいませんでしたので、ひっそり転校しました。

1年生の時、クラスの女の子が転校した時には、お別れ会をして女子たちがみんな泣き、下校時は大勢に取り囲まれて別れを惜しんでいたものでした。

また、となりのクラスの同時期に転校する女の子は、大きな花束をもらって帰っていました。

やはりわたしの場合はこんなものなのだろうなあ、と思いました。

中学3年生 転校先の記憶はほぼ消している

わたしは、受験生になる年に転校するのが嫌でした。

転入したクラスは、昨年度の持ち上がりでした。

この1年間の記憶は、意図的にほぼ抹消しているのです。

受験勉強はどうにか頑張り、偏差値が低くて派手な子(ギャル・ギャル男)が多い高校へ合格しました。

発達障害女子の高校時代は、「続・暗黒期」

転校先の中学はあまりにも辛く、卒業して本当に清々しい気分でした。

でも、すでに周囲とのコミュニケーション能力の差が大きくなっていたわたしは、高校生になったからといって馴染めるはずはありませんでした。

高校1年生、今度こそ友達を作ろうと必死になる発達障害女子・・・

入学式早々わたしは、他の女の子たちと「スカートの丈」がずいぶん違うのに気づき、慌ててウエスト部分を折ってスカートを短くしました。

他の新入生の子たちは、すでにひざが出るくらいの丈だったのに、わたしは買ったときのひざ下丈だったのです。

女子たちは入学してすぐからグループを作り始めました。

何人かの女子にクスクスされたり、聞こえるように

「ほんとあの人キモイ!!」

と言われるようになりました。

それはクラスの中ではおさまらず、バス停で他のグループに言われたり、他のクラスの子たちがわざわざ教室にわたしを見に来て笑ったりするようになりました。

それらのグループ同士に関りはなく、それぞれ別にわたしを笑っていました。なので、原因はわたしの見た目や雰囲気にあると思われましたが、自力では改善することができませんでした。

わたしは辛うじて話しかけてくれた1人の女の子と、行動を共にし、お弁当も一緒に食べ、このまま会話を頑張って、友達でいようと思っていました。

ある日登校すると、彼女は他のグループの女子たちととても楽しそうにおしゃべりしていました。わたしといた時には見たこともなかったような明るい表情でした。

それからは彼女と話す機会はなく、お弁当も移動教室も1人で行動しました。

よく、

「友達が欲しかったら自分から話しかけなさい」

と言いますが、徹底的にコミュニケーション能力が低く、同世代とは興味のある事柄(趣味や音楽など)がかけ離れている者にとっては、あまり役に立つ方法だとは思えません。

わたしなりに頑張って話しかけたつもりでしたが、

「え・・・ッ」

という顔をされたり無視されたり、話している途中で立ち去られてしまうことが多くありました。

部活(美術部)が居場所になっていました。

夜寝ている時、同学年の女子や男子数人で、なごやかに雑談をして笑っている、という「夢」を見ることがありました。

とても憧れていたけれど、わたしのコミュニケーション能力では決して叶わないことだったのです。

高校2年生、順調に嫌われる発達障害女子

クラス替えがあり、悪口を言われていた子達とは別のクラスになるよう、先生にお願いしていました。

やはり新しいクラスでも、朝教室に入るとわたしの顔が描かれていたり、クスクスされることは続きました。女子だけではなく、同じことをする男子もいました。

体力で敵わない男子には、やはり女子にやられるのとは違う恐怖を感じました。

携帯で写真を撮って笑われたり、トイレに入られそうになったり、脚を凝視され、すね毛の剃り残しを見られて笑われたのも男子たちからでした。

男子にとってわたしは「珍獣」か何かだったようで、よくニヤニヤしながら

「おはよう!」

と挨拶されました。

挨拶ですから、当然わたしも

「おはよう!」

と返したのですが、男子たちは仲間同士でクスクスしながら

(おい、返事したぞ!お前もやってみろよ!)

と言い合い、次々にわたしへ

「おはよう!」

「おはよう!」

と言ってきました。

クラスで1人、地味でスカートが長く、オタク系の女子がいたのですが、わたしは最初その子と仲良くなりました。

ところがだんだん依存され、わがままやキツイことを言われるようになってきたので離れました。すると、周囲から

「あの子を捨てるなんてひどいヤツ」

と言われるようになりました。

高校3年生、友達はできたけれど・・・

3年生でクラス替えがあり、わたしはもともと「2人グループ」だった女の子の中に奇跡的に入ることができました。

女の子の3人グループは難しいものですが、その子たちは普通に受け入れてくれたのです。

しかし、そのうちの1人の女の子が粘着質に感じ、「適度に距離を置く」ことができないわたしは、露骨にいやな態度を取ってしまい、関係はこじれてしまいました。

それでも、卒業は寂しいものでした。

美術部は頑張って、毎年大会に出品していたし、部長にまでなっていました。

高校を卒業したらすでに大人ですから、ある程度非常識でも許容される「女子高生」という身分はなくなります。

こんなにコミュニケーションが苦手で、授業や説明をうまく理解することもできないのに、大人になるなんて。

卒業後は、美術系の学校への進学が決まっていました。

発達障害女子の中学・高校時代まとめ

振り返るのはちょっと厳しい作業でしたが、改めてまとめてみると、やはり「コミュニケーション能力の低さ」が全ての原因だったと思います。

それでも「年頃の女の子」ですから、友達と他愛もない話をしたり、かわいくしていたかったのです。

でも、「共感力」とか「会話能力」を全く持ち合わせていなかったので、相手を傷つけてしまったり、無神経で思いやりのない言動ばかりをしてしまいました。

見た目についても、雑誌や他の子を見て研究しましたが、自分を客観的に見ることが苦手で・・・変な格好や化粧、似合わない髪型をしたり、持って生まれた容姿もあって外見で笑われるのは子供のときから同じでした。

同じく発達障害を持つわが子が、これから辿るかもしれない道。

いじめられず、人を嫌な気持ちにさせないように思春期を送るにはどうしたらいいのか、わたしには答えが出せませんが、せめて

「わたしと同じことはしないように。わたしのようにならないように。」

ここに記録しておきたいと思います。

恋愛編に続きます。

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