発達障害

発達障害女子の職歴。仕事ができない!!

こんにちは!アスペママのスモモ@aspe_sumomoです。

わたしは、成人してから診断された発達障害者。

就職したばかりの頃は、まだ診断を受けておらず、

「自分はただのダメなヤツ」

「どうしてこんなに頭がおかしいんだろう」

と思っていました。

今回は、まだ未診断だった頃から、結婚してパートをするまでの職歴をご紹介します。

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発達障害女子の職歴① 高3で初バイト

はじめてお給料をもらう仕事をしたのは、高校生の時の「年賀状の仕分け」でした。

それ以外に、高校時代はバイトをしたことがありませんでした。

部活が忙しかったことと、理解力のないわたしがバイトなんて、できっこないと思っていたからです(それにきっと、親も許さなかったでしょう)。

年賀状仕分けの初日、他の高校生バイトの子がすぐに理解して、さっさと始めていた作業を、わたしは理解できず、何度も担当者に質問しました。

一度理解してしまえば、年賀状仕分けの仕事はあまり難しくありませんでした。

発達障害女子の職歴② 学生時代のバイト

高校を卒業し、絵画の学校へと進学しました。

わたしは、接客や数字を扱う仕事に自信がなかったので、製造や掃除のバイトをしたいと思っていました。

ところが、受けてみたいと思う求人を見つけてきても、なかなか親に許されませんでした。

例えば、

「午後6時からの清掃のバイト」

だと、

「夜ご飯を食べる時間がないからだめ!!」

と言われました。

母には、

「早朝・深夜の仕事はダメ。コンビニは強盗が来るからダメ。社会的に信頼のおける大手企業じゃないとダメ」

「いじわるなおばさんや、頑固なおじさんがたくさんいる職場で鍛えられた方がいい。」

と言われており、何度も求人雑誌を買って見せましたが、なかなか許してもらえませんでした。かと言って、高校生じゃないのに、わずかながらも親から小遣いをもらうのが情けなく、また、お小遣いでは服や化粧品・交際費には足りませんでした。

スモモ
スモモ
ところがどっこい、末の妹が学生になると、母は「バイトしなよ~」なんて言っていました!

どうにか許可された短期のバイトなどをして凌いでいました。

発達障害女子の職歴③ 観光地での接客や、事務仕事

学校を卒業すると、観光地で臨時職員として働き始めました。

時代は、就職氷河期が終わった頃。

業務内容は、接客・子供への体験教室の先生・事務など、多岐に渡っていました。

毎日、頭が真っ白になるようでした。

お金を扱えば、計算が全然合いませんでした。

体験教室では、教え方にクレームが来ました。

上下関係もたいへん厳しく、飲み会は強制参加。あとで、「先輩や上司への、お酌や注文取りなどの気が利かない」と、ずいぶん指導を受けました。

1年で契約を更新せず、退職してしまいました。

発達障害女子の職歴④ ブラック・零細企業だった印刷工場。病んで診断を受ける

自宅は高齢の祖父母と同居でしたので、無職でいることは許されませんでした(母が祖父母に責められてしまいます)。

観光地を退職後、すぐにホームヘルパーの資格を取りましたが、わたしは介護の動作を理解することができませんでした。

先生の動作を真似することが全くできず、いくらしっかり目に焼き付けても「自分の体で再現」できないのです。

その頃、

「やっぱりわたしはおかしい」

と思って、カウンセリングルームや病院を訪ね、「発達障害」との診断を受けました。

診断を受けたといっても、正式な診断書などはなく、特に検査もせず、医師と話をした中で言われただけ。

「おかしなヤツ」

だった理由がわかってホッとする反面、

「本当にそうなのかな?」

と思ってもいました。

若者向けの職業センターで、

「発達障害があり、就職に不安がある」

と相談したところ、

「みんなそうやって頑張ってるんです!!」

と言われ、すぐに何枚かの求人票を見せてくれました。

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そこで見つけた印刷工場に面接に行きました。

工場はせまくて暗く、苦手な雰囲気でしたが、内定が出たので働き始めました。

入社してすぐ、「主任」の仕事を任されるようになりましたが、いくら勉強や練習をしても、こなせませんでした。

4ヵ月で辞めた時には、もう歩くこともできない程に体調を崩していました。

体に全く力が入らず、いつも夢の中か濃霧の中にいるように、ボーっとなっていました。

発達障害女子の職歴⑤ パート、バイトを転々

しかし、「無職」でいることは許されないのです。家にいたら祖父母にあれこれ言われるし、母が祖父母に非難されてしまうからです。

母も、「病んでいるわたし」を見てとても辛そうにしており、ぐったりしているわたしを叱ることもありました。

スモモ
スモモ
今思うと、殺しにかかっているとしか思えません(笑)

それでも家族のため、親の扶養には入らず、貯金を切り崩して年金や保険料を払い、就職活動を続けました。

・地図を作る仕事

・別の観光地

などで働きましたが、全くこなせず、すぐに体調を崩して続けられませんでした。

単発のバイトや、年末年始にまた年賀状仕分けの仕事をして、つないでいました。

発達障害女子の職歴⑥ 子供が幼稚園に入園。はじめての介護職

結婚してからは、お金のやりくりが苦手で、旦那に渡されるお金では足りなくなってしまいました。

長女が年少さんで幼稚園に入ると、近所の施設で介護職としてパートを始めました。

今まで介護職は避けていましたが、家の近所に求人を見つけたことと、もしかしたら頑張れるかもしれないと感じたことで、応募しました。

高齢者の方々と話したり、コミュニケーションと取ることはとても好きでした。

しかし仕事はそれだけではありません。

朝出勤し、風呂の用意やレクリエーションの準備。入浴介助は一度に何人分もこなさなければなりません。掃除も時間がかかりすぎて、幼稚園のお迎えに間に合わないくらいでした。

やっと少し仕事を覚えてきたら、

「じゃ、これもやってね」

と新しい仕事を割り振られます。

わたしより後から入ってきた人は、たいへん仕事のできるテキパキした人で、よく

「どうしてもっと効率よくやらないの?」

と言われ、一挙手一投足を注意されるようになりました。

休日も体の震えが止まらず、結局、半年しか続けられませんでした。

まとめ~やっぱりわたしに仕事は無理だった~

小学生の時くらいから、

「こんなに色々なことがわからないし、できないし、わたしはちゃんと大人になって働けるのかな」

という大きな不安がありました。

不安は的中しました。

仕事は1年以上続いたことがなく、今になっても、相変わらず

「色々なことがわからないし、できない」

ままなのです。

これからわが子たちが大きくなっても、もうどこかへ働きに出る自身がありません。

いつだって

「みんなできることが、わたしだけできない。説明も理解できない」

「効率よく動こうとすると混乱してしまうから、ゆっくりしかできない(そして、そんなことが許される職場なんて無い)」

「とっさのことに対応できない」

ことばかりなのです。

そして、同じく発達障害のあるわが子達も、同じように就職でつまづくかもしれない。

そのために、今からどうしたらいいか。

答えはありませんが、時には周囲の力を借りながら、これからも考えていきたいと思っています。

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