発達障害

「障害は個性」は、一歩間違うと「努力すればできるよね?」になる。

障害と個性は同じなのか

「障害は個性」

という言葉を目にすることがあります。

賛否両論があるかと思いますが、個人的には

「いろんな意味に捉えかねられない、少し注意が必要な言い方だな」

と思っています。

また、それを言う人にも「悪気」はなく、「良い意味」で言ったのだということも理解できます。

賛否両論ある「障害は個性」

こんにちは!スモモ@aspe_sumomoです。

わたしは自閉症スペクトラムとADHDがあります。

「パッと見」ではわからない障害ですし、普段からボロを出さないように気を張っていますので、周囲から見て「ちょっと個性的」という程度で済んでいると思われます(多分)。

スモモ
スモモ
昔から、人生「ボロを出さないように」することに大半を費やしています。

「見えない障害」

発達障害を含む「目に見えない」障害は、やはり「個性」や「性格」との区別が難しいです。

「障害による特性」を「個性」と捉えることは、「障害」という言葉が持つマイナスイメージをやわらげ、

「悲観せず、前向きに生きていこう」

という気力につながることもあります。

また、

「障害は個性ではない」

「きれいごとは言わないでほしい」

という意見もあります。どちらかといえば、「障害は個性」と言う考えを良く思わない人の方が多い印象です。

この「障害は個性」という言葉が使われるとき、主に2つの立場があります。

1つは、障害を持つ当事者側。

もう1つは、障害者本人ではなく、周囲の人です。

どちらの立場からの発言かによって、「障害は個性」という言葉の意味合いが全く違ってきます。

障害者本人からの場合、「自分は『障害』とは思わない」という考え方・生き方の表明だと考えられます。

周囲の人からの場合、「わたしはあなたの特性を受け入れているよ」という意味や、「そんなのは障害ではない。甘えるな」など、いろいろな意味を持つと考えられるので、受け取る側もいろいろな思いを抱いてしまいます。

スモモ
スモモ
わたしは「障害は個性でしょ」と言われたことはありませんが、周囲からは「天然」、親からは「あんたなんか軽度なんだから!」とよく言われましたね・・・

じゃがいもの花

他者はなぜ「障害は個性」と言うのか?

障害者に対して、周囲の人が「個性でしょ」という時は、どんな時なのでしょうか。

①障害に対して悩んでいる時、励まそうとして

②「障害」を理由にできないことを「甘え」ととらえ、はっぱをかけようとして

という理由が大半だと思います。

①の場合、障害者本人や、障害のある子を持つ親に対して、周囲が

「あなたのことを特性も含めて受け入れているよ」

「障害というと重く感じるけど、個性でしょう?」

ということを伝えるためです。少しでも肩の荷をおろしてほしい、あなたの味方だよ、というあたたかい意味や、ただなんとなく耳障りがいい言葉だから使っている、ということもあると思います。

言われた側の感じ方は、

「ありがたい」

「そんな軽いものではない」

と、様々だと思います。

②の場合は、学校や職場で、「できないなんて甘えだ」と怒られる・・・という、本人にとってはかなり辛い立場での使われ方です。

「努力不足」と言われる原因になってはいけない

わたしがこの「障害は個性」という言葉について、

「少し危険だな」

と思うのは、「個性」とされてしまうと、それは「努力や工夫」でなんとかできるもの、となってしまうからです。

上記の②のように、「障害の特性によってできないこと、難しいこと」が、単なる努力不足とされてしまうからです。

また、一見やさしい①の場合も、「ただの個性であって、障害ではない」とされると、「障害による困難」がぼかされてしまうのです。

わたしがよく言われる「天然」という言葉も、少し似たような意味を持っています。「障害ではなく、天然」となってしまうと、「がんばれば、なんとかなる」とされてしまい、おかしな言動や、仕事がこなせなかったりした時の風当たりが強くなるのです。

「障害は個性」をなかなか受け入れられない当事者側は、そういった経験をいやというほどしてきているので、おいそれと「良い意味」で捉えるわけにはゆかないのです。

努力でなんとかできるものではないから、「障害」なのです。

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積み木で作った「顔」

障害は個性・まとめ

周囲の人に悪気がないのは理解できますが、簡単に受け入れるわけにはゆかない言葉「障害は個性」

特に外見ではわかりにくい障害のある人は、周囲からの無理解に苦しんできた人が多いです。

「個性」と言われてしまうと、それは本人の性格の問題や努力不足とされ、「障害があるため、それをすることが難しい」と言っても「甘え」とされてしまいます。

もちろん、「障害」を重々しく捉え、はれ物に触るように扱ってほしいというわけではありません。

「あなたの困難なこと、障害も含めて『個性』として受け入れる」

という意味で言ってもらえたら、本当にありがたく思います。

また、一見なんの問題もなく、「少々天然かな」という程度の障害者がいたら、その人は

「かなり頑張って、『ちょっと天然』に見える程度になっているのかもしれない」

ということを、頭の片隅に入れておいていただけたら幸いです(^^)

遠足の子供たち

思い返せば、乙武さんの著書が有名になった頃から

「障害は個性」

という言葉をよく耳にするようになった気がします。

でも、乙武さんはその言葉を一度も用いたことがないそうです。

 

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